2016年近隣共用トイレで女性が殺害され、市民が10番出口に付箋と花を置いた。女性嫌悪犯罪かの議論と共に、多くの女性が日常の恐怖と差別を書き、出口が公共記憶になった。
被害者情報より構造を問う
個人写真を探し犯行を刺激的に再現しない。公共安全と女性暴力が個人注意にされた理由を問い、精神疾患全体を暴力と同一視もしない。
付箋が消えても記録は残る
メッセージは保存・展示研究され出口も変化した。今見えなくても追悼は終了せず、画像利用は個人情報と著作権を考える。
追悼と現在通行を共に守る
出口は日常通路だ。長時間塞がず無断で物を貼らない。追悼と安全は同時に守る価値だ。