光明洞窟は天然の石灰洞ではない。1912年から金・銀・銅・亜鉛を採るため人が岩盤を掘った坑道である。壁の凹凸、低い天井、浸水箇所は発破、支保、運搬の労働を伝える。1972年8月、豪雨で鉱滓が流出し、汚染と補償問題を経て閉山した。鉱石が自然に尽きたという物語ではない。
同じ岩盤の三つの用途
閉山後は低温を利用したアミの塩辛の倉庫となり、2011年に市が買い取って公演、光、ワイン、観光動線を加えた。鉱山、食品倉庫、テーマパークは別の場所ではない。元の坑道、安全補強、後代の装飾を区別し、まず近代史と坑夫の展示を見る。洞内は寒く濡れることがあるので上着と滑りにくい靴が必要だ。当日の開場、閉鎖区間、バリアフリー動線を確認する。価値は「再生の奇跡」ではなく、労働、汚染、保存、観光が重なる事実にある。
最短動線だけを追わず、近代史館、坑夫の痕跡、選鉱施設の説明を先に読む。採掘量は推定の範囲を保ち、後から置かれた竜、黄金の木、ワイン区画を鉱山時代の遺物としない。車椅子やベビーカーの可能区間も現地案内で確認する。