解放後の継承
1945年の解放後も中央卸売機能は維持され、1947年4月に서울수산시장주식회사へ名称を変えた。事実 植民地期の官営制度が消滅して自然市場へ戻ったのではなく、新国家の水産物流制度へ引き継がれた。
서울の人口と市街地が拡大すると、의주로施設では入荷量、道路、鉄道、冷蔵、衛生を処理しにくくなった。政府再投資機関한국냉장(주)はADB借款を利用し、1971年5月동작구 노량진동の現在地へ卸売市場を建設した。事実
機能が完全に移るまで
新施設が建った1971年に旧市場が即日消えたわけではない。1975年4月、노량진卸売市場を活性化する政策により의주로市場を閉鎖し、商圏・卸売機能が完全に노량진へ移った。事実
現地で考えるもの
- 한강、鉄道、幹線道路に近い現位置の物流上の利点
- 의주로から노량진へ移った商人と取引関係
- 1971〜75年の二市場並存期間
「1927年から노량진で100年営業」と書かず、制度創設年と現在地移転年を分ける。