京義線駅は2号線より先に地域を支えた。旧駅舎は近代鉄道建築を残し、線路はソウルと北西部を結んだ歴史を持つ。同名二駅は旅行者を混乱させる。
保存駅舎と現行運行を分ける
旧建物があっても全機能が廃止とは限らない。乗車位置と路線を別確認し、線路を撮影背景にせず禁止区域へ入らない。
鉄道は学生以前に住民と物資を運んだ
大学拡大前から人と商品を運び、後のキャンパス成長も資材、書籍、食品、通学を交通に頼った。デートの浪漫だけでは生活機能が消える。
分断は京義線の方向にも残る
本来半島北西へ続く路線は分断で運行・意味が変わった。一駅で全史は語れないが、単なるソウル郊外線ではなかった。