詩人・金永郎は康津で生まれ育った。彼の生家は今も康津郡庁の裏手に残っており、母屋・離れ・門番小屋・甕台・井戸などが昔の姿をとどめ、国指定重要民俗資料に指定されている。生家の周囲には、彼が自ら植えたと伝えられる牡丹が今も育っている。伝えられるところによれば、彼は家の周りに数百株の牡丹を植え、それを愛でるのを好んだという。
こうした個人的な愛着が、1934年に発表された代表作「牡丹が咲くまでは」の情緒的な背景になったという解釈がある。 「牡丹が咲くまでは、私はまだ私の春を待っているだろう」という一節に代表されるこの詩は、待つことと喪失という普遍的な感情を、牡丹という具体的な花のイメージに込めた作品であり、韓国近代叙情詩を代表する作品の一つに数えられている。生家の周囲には、この詩とともに、彼のもう一つの代表作「石垣にささやく陽光」の詩碑も建てられている。康津という一つの地で生まれ育った詩人の私的な庭づくりの好みが、韓国人全体が共有する詩的情緒へとどのように広がっていったのか、この生家で確かめることができる。