全州を巡る旅の物語の多くは、1392年の朝鮮王朝建国から始まる。しかしその約490年も前、全州はすでに一国の王都だった。新羅末期の混乱に乗じて力をつけた甄萱(キョン・フォン)という人物が、900年に完山州——現在の全州——に都を定め、後百済(フバクジェ)を建国したのである。現在の東固山城(トンゴサンソン)一帯が、その王宮跡の最有力候補地とされている。発掘調査では実際に「全州城」と刻まれた瓦が出土している(仁鳳里説など、別の場所を王宮跡とする説もあり、確定しているわけではない)。
後百済の結末は、どんでん返しの物語に近い。甄萱を滅ぼしたのは外敵ではなく、実の息子だった。935年3月、息子の神剣(シンゴム)がクーデターを起こし、父を金山寺(クムサンサ)に幽閉、弟の金剛(クムガン)を殺害して自ら王位に就いた。甄萱は3か月間金山寺に幽閉された後、末の息子とともに脱出する——そしてここで驚くべき選択をする。生涯戦い続けてきた宿敵、高麗の建国者・王建(ワン・ゴン)のもとへ投降したのである。国を興した男が、その国を滅ぼした息子に幽閉された末、かつての敵の側について、自らが建てた国を滅ぼす側に回ったことになる。甄萱の投降が知れ渡ると、新羅最後の王・敬順王(キョンスンワン)もその年の11月に高麗に帰順し、後百済は二代36年をもって936年に滅亡した。今、全州の街の中心にあるこの静かな山城跡に立ってこの物語を思い出すと、すぐ近くにある韓屋村の絵はがきのような穏やかさとはまったく違う、この街の本当の第一章が見えてくる。