小公洞のホテルと高層建築の間にある小さな門を通ると、赤い八角建築の皇穹宇が現れる。伝統的なあずまややホテル庭園に見えやすいが、圜丘壇は大韓帝国皇帝が天を祭る国家儀礼空間だった。高宗は1897年に皇帝へ即位し、朝鮮が清の属国ではない自主独立の帝国であることを儀礼と建築で宣言した。
圜丘壇の中心は現在失われた円形祭壇だった
1897年完成の圜丘壇には、天を祭る三層の円形祭壇があり、1899年には神位を安置する皇穹宇が建てられた。1902年には高宗即位40年を記念する石鼓が設けられた。現在は皇穹宇が圜丘壇を視覚的に代表するが、本来の祭祀の中心だった円形祭壇と広い儀礼動線は残っていない。
1913年の撤去は帝国の象徴を観光・交通施設へ変えた
朝鮮総督府は1913年に主要祭壇を撤去し、翌年、その場所に朝鮮京城鉄道ホテルが建った。鉄道利用者と外国人向けの近代ホテルが、大韓帝国の儀礼空間を植民都市の接客施設へ変えた。古い建物を新しくしただけではなく、政治的象徴と土地利用を同時に変えた出来事である。
残存遺産の境界はホテル敷地と重なる
皇穹宇、石鼓、門は残るが、周囲のホテル・道路・広場のため元の空間規模を感じにくい。通路が通常開いていても、ホテル行事や施設運営によってアクセスが変わることがある。祭祀のまねをしたり石鼓を叩いたりせず、案内板で現存・移築・消失部分を区別する。