西村の韓屋をすべて朝鮮時代の両班屋敷と思えば実際の歴史を逃す。多くは日本統治期から解放前後、都市人口増加に合わせ小さな敷地へ建てられた都市型韓屋だ。庭を小さくし部屋を効率的に置き、高密度の生活を可能にした。
古いのは建物だけではない
門前の植木鉢、路地の生活道具、隣人が共有する小空間も住文化だ。古びた外観でも空き家とは限らない。開かれた店と私邸を区別し、窓の中を撮影しないことが基本である。
教会が生活文化空間になった例
1931年以来の体府洞聖潔教会は撤去危機後、ソウル市が買い取り生活文化支援センターに変えた。宗教施設の痕跡を残し、市民の音楽・文化活動に使う。保存は原機能の不変だけを意味しない。
観光客が増えると街も変わる
カフェと店が空き家を活用し路地が知られた一方、家賃上昇と騒音は住民流出を招く。韓屋を守るとは美しい外観だけでなく、人が住み続けられる条件を守ることだ。