盆唐中央公園の奥には瓦屋根と庭、甕のある薮内洞家屋が残る。高層住宅の前に村と農地があったことを示す物的証拠だ。
新都市は空地にできたのではない
盆唐開発では土地収用と道路、家、畑、墓域の再配置があった。家屋と韓山李氏関連遺産は選ばれて残った過去の一部で、全住民の歴史を代表しない。
民俗村のセットではない
内外の部屋、台所、庭、貯蔵空間の関係を見る。全ての道具が居住当時の原物ではなく、修理と展示演出もある。閉じた部屋をのぞき、敷居や石碑に触れない。
二つの速度で歩く
現代公園を速く歩いた後、家屋では光と風、空間の距離を見る。庭から高層住宅を望むと開発規模が分かる。古今対比の写真より、計画都市が何を公共記憶として残したかを考える場所だ。
広い芝生から入り、石橋、東屋、水内洞家屋へ進む順路が分かりやすい。近代公園の軸線と伝統住宅の小さな庭を重ねて見ると、盆唐が新しい高層住宅だけでなく移築建築を通じて地域の記憶も作ろうとしたことが読める。家屋の公開範囲は変わり得るので閉鎖区域には入らず、外観から屋根線、塀、背後の集合住宅が作る時間の対比を観察する。