旅行者がいう東大門市場は特定の建物ではない。1905年開場の広蔵市場、1961年開場の平和市場、生地・付属品商街、衣料卸売ビル、後年の大型ファッションモールが清渓川と興仁之門周辺に続き、行政区域も鐘路区と中区にまたがる。市場ごとに商品と時間が異なる 生地・付属品商人は昼、小売モールは夕方以降、一部卸売は夜から早朝に活発だった。オンライン取引、流通変化、定休日によって現在の時間割は変わり続ける。「東大門は一晩中開く」と一般化せず、目的地別に最新情報を確認する。速い流行は近接生産網から生まれた デザイン、生地やボタンの調達、裁断、縫製、陳列までが狭い圏内でつながった。短納期・小ロットは流行への即応力となり、昌信洞の縫製業者は消費者から見えにくい背後の生産拠点だった。買い物袋の後ろの労働を見る 安価と速い入替えは商人、配送、裁断、縫製労働者の長時間労働によって可能になった。値引きや食だけでなく、商品がどう作られ運ばれたかを問えば市場は産業史の現場になる。