昌信洞では完成した服より、裁断布の束、糸、ミシン音が先に見える。一社が全工程を担わず、パターン、裁断、縫製、アイロン、仕上げを作業場ごとに分ける。バイクが狭い坂道で工程を素早く結ぶ。平和市場への近さが産業を引き寄せた 1960年代以降に東大門衣料業が成長し、1970年代には平和市場周辺の一部工場が昌信洞へ移った。比較的安い空間と市場への短距離が利点で、1980年代には代表的な都心製造集積地となった。小工場は柔軟だが脆弱でもある 少人数で注文変化に迅速対応できる反面、加工単価、家賃、受注変動、高齢化に弱い。過去資料の「数千か所」や特定年の業者数を現在値にしてはいけない。数より分業構造が作動しているかを見る。作業場は観光客の撮影セットではない 開いた扉からミシンが見えても、顔、注文表、デザインを無断撮影しない。生地を運ぶ作業者とバイクに道を譲る。生産のリズムを妨げないことが基本的な敬意である。