高敞出身の申在孝(1812~1884)は、それまで口伝えのみで伝わっていたパンソリを、〈春香歌〉〈沈清歌〉〈水宮歌〉〈興甫歌〉〈赤壁歌〉〈卞江釗タリョン〉の六マダンに体系化し、その詞章を純ハングルで書き記した。 彼はまた、「人物・詞章・得音・仕草」というパンソリの四大法則を確立した理論家でもあった。
口伝えのみで伝わる物語は、演者が変わるたびに、世代が変わるたびに少しずつ変化していくものである。申在孝が行ったのは、その流動する物語に初めて体系を与えることだった。彼の手を経たパンソリは、身分を超えた民族文学へと成長する土台を得て、今日まで受け継がれる資格を手にした。