公式沿革では1978年に工事が始まり、1984年5月1日に果川で開園した。日本統治期、昌慶宮は遊園地「昌慶苑」に変えられ動物園が置かれた。宮殿復元に伴い動物たちが果川へ移された。
動物と公共の記憶が一緒に移動した
これは大型家族公園の誕生であると同時に、植民地期に変形された王宮を戻す過程だった。現在は保全、研究、教育、福祉を掲げるが、倫理問題がすべて解決したわけではない。古写真と飼育環境、行動エンリッチメントを比べる。
園内は広く、一日で全て回ろうとしない。二、三区域を選び、休憩と帰路を含める。リフトや象列車は別料金・運休の可能性がある。ガラスを叩かず、種数の収集より展示中心の動物園が責任ある保全機関へ変わる過程を見る。