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光化門・新聞路 · 🏛️

光化門前の道は朝鮮王朝の行政組織を都市空間に広げた——六曹通り

六曹通りは、単に六つの官庁があった広い道ではない。光化門から鍾路方向へ下る軸の両側に、議政府、吏曹・戸曹・礼曹・兵曹・刑曹・工曹、漢城府、司憲府など多くの官庁が置かれていた。国王のいる景福宮の正門前に、政策決定と人事・財政・儀礼・軍事・司法・土木を担う国家組織が、実際の街路として展開していたのである。

官庁の位置は業務だけでなく序列を語った

光化門にどれだけ近いか、道路のどちら側に置かれるかは、その機関の格と結びついていた。議政府は大臣たちが国政を協議する最高行政機関で、六曹は分野別の実務を担当した。官庁配置は、国王と官僚が協議しながらも王宮を中心に序列化された政治構造を示している。

民衆も官庁街を利用した

六曹通りは役人だけが通る閉鎖区域ではなかった。訴訟や請願、行政手続きのために来た人、官庁へ物資や労働を提供する人々、外国使節の行列、国王の行幸が入り交じった。公式儀礼の道であると同時に、陳情と生計が動く生活道路でもあった。

発掘遺構は文献上の平面図そのものではない

広場整備の過程で、三軍府・司憲府などの官庁に関わる基礎、排水路、道路跡が確認された。すべての遺構が露出保存されたわけではなく、一部は地上に位置と形だけが表現されている。床面の表示を実物の建物と誤解せず、案内板で発掘・保存・再現の方法を区別したい。