海南郷校は1398年(太祖7年)に創建されたと伝えられている。正確な創建年については異論もあるが、1482年(成宗13年)に元の場所から今の海南邑旧校里へ移されたことは、比較的はっきりと記録されている。郷校とは、孔子をはじめとする歴代の聖賢を祀ると同時に、地方の民を教育し教化するために国が設けた地方教育機関であり、朝鮮500年の間に全国各地に建てられたそのうちの一つが、ここ海南にもあった。
1549年(明宗4年)には、県監と海南の両班たちが主導し、聖賢の位牌を祀る大成殿を元の場所より十歩高い場所へ移して改築した。翌1550年には、儒生たちが学んだ明倫堂も改築され、ここに至って郷校としての全体的な姿が整った。聖賢を祀る空間をより高い場所へ移すというこの決定には、祭祀の場の格を高めようとする当時の意識が反映されていたと見ることができる。 それ以来600年近くの間、この場所は大きく変わることなく、海南郷校大成殿では今も定期的に釈奠祭が執り行われている。