삼각지に대구탕店が登場したのは1979年ごろとされ、その後数店が集まる路地となった。事実 近隣の육군본부など軍関連施設の将兵が常連となり、全国から集まった同僚を通じて評判が広がったと伝わる。
삼각지로터리が1994年に撤去された後も食堂街は残り、消えた都市施設より長く地域の名を伝えている。営業中の店を「昔の風情」だけで消費せず、行列と座席回転に配慮する。
軍事都市の日常食
대구탕 골목の形成は、용산の軍関連施設と切り離せない。全国から集まる軍人が店を利用し、転属や休暇を通じて評判が地域外へ広がったとされる。現在の観光的知名度より先に、近隣勤務者へ温かい食事を提供する生活商圏があった。
店ごとに味、量、注文方法が異なる。韓国語が不慣れな旅行者は人数、鍋の大きさ、追加料金を注文時に確認する。昼の混雑時は写真撮影を長く続けず、食事を待つ客と店員の通路を空ける。
現地で見るもの
- 旧로터리より長く残った店の看板と営業年表
- 軍施設跡・交通拠点と食堂街の距離
- 再開発された建物と노포が並ぶ路地