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『西便制』と青山島 · ⛰️

1993年4月。一本の映画が青山島の全国的認知を広げた

小説家・李清俊(イ・チョンジュン)の連作短編「南道の人々」のうち、第一部「西便制」と第二部「音の光」を原作とする林権澤(イム・グォンテク)監督の映画『西便制』は、1993年4月、ソウルの団成社(タンソンサ)で封切られた。金明坤(キム・ミョンゴン)、呉貞孩(オ・ジョンヘ)、金圭喆(キム・ギュチョル)が主演を務め、鄭一成(チョン・イルソン)が撮影を担当したこの作品は、韓国映画史上初めてソウルだけで観客動員100万人を超えた映画として記録された。パンソリの歌い手である父娘の恨と芸術への執念を描いたこの映画は、莞島郡青山面堂洛里(タンナクリ)の石垣道を主要なロケ地の一つとして用いた。

『西便制』のロケ地は、青山島の全国的な観光認知を広げる重要な契機となった。ただし映画以前に島が知られていなかった、あるいは一本の映画だけが観光の変化を生んだと断定できる統計的根拠は乏しい。確認できるのは、代表的な5分余りの長回しが堂里の石垣道一帯で撮影され、現在も公式スローロードの主要地点になっていることである。

莞島郡のスローロード案内は、三人が珍島アリランを歌い石垣道を下る場面を約5分の長回しで撮影したと説明する。ここは閉鎖セットではなく住民の生活道と農地であり、住宅や畑を尊重する。「韓国映画初の100万人」は当時のソウル観客記録で、現在の全国統合興行統計と単純比較しない。座標は実際のロケ地に修正した。青山島へは船が必要で、所要時間は船舶・季節・天候で変わる。映画が島を「初めて発見した」とは断定しない。

映画公開から30年以上が過ぎ、建物、農作物、路面、案内施設は変わり得る。画面と同じ構図が見つからなくても誤った場所とは限らない。撮影時の映像、観光地として整備された痕跡、現在の住民生活が同時に存在する点を読む。住宅へ入ったり通行を止めたりせず、帰りの船便を先に確認する。