敦化門近くの旧空間社屋は、広く高いオフィスビルとは異なる。黒レンガ壁の間に小窓、階段、高さの異なる部屋と通路が続き、苑西洞の路地を建物内へ圧縮したように見える。金寿根と空間グループの事務所であると同時に、建築、美術、公演の議論を生産する文化ネットワークだった。
狭い敷地の制約が複雑な内部をつくった
宮殿周辺の低い景観と細い敷地に応え、各階を小さく分けた。階段を進むと視野が開閉し、中庭と窓越しに別空間が見える。効率的な平面より、身体移動で空間を発見する経験を重視する。
雑誌と小劇場が建築を他芸術へつないだ
月刊『空間』は建築だけでなく美術、伝統芸能、公演を紹介し、「空間サラン」などの活動は実験的舞台になった。建物は著名建築家の作品であると同時に、編集者、設計者、芸術家、技術者の職場だった。個人の天才性だけでは集団的生産を見落とす。
保存と商業的再利用の間で意味を読む
空間グループ移転後、所有と用途が変わり、展示空間として再利用された。現在の公開範囲と時間は運営者情報を確認する。内部公開時も狭い階段や欄干で撮影のため停止せず、元の業務空間と後の追加施設を区別する。