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京岩洞鉄道村 · 🏘️

1944年。線路が庭先を通る村

1944年、植民地時代の終わりを1年後に控えたこの年、製紙工場(社名と所有者はこの数十年で幾度も変わり、今は「ペーパーコリア」という名で操業している)と群山駅を結ぶ、全長2.5キロメートルの産業鉄道が敷設された。新聞用紙の原料を運ぶために敷かれた鉄道だった。この路線は、製紙会社の所有者が変わるたびに名前も変わり、「北鮮製紙鉄道」から「高麗製紙鉄道」、「世豊鉄道」へと呼び名を変え、今は「ペーパーコリア線」と呼ばれている。

鉄道が敷かれた後、その周辺に人々が徐々に住み始め、1970年代には本格的に集落が形成され、今の京岩洞鉄道村になった。狭い路地の両側に家々がびっしりと立ち並び、かつて列車が通ると屋根と接触しそうなほどの際どい幅が特徴だ。今は列車が走っていないが、線路はそのまま残っており、路地を歩くとレールを踏みしめる独特の感覚を味わえる。産業施設の副産物のようにして生まれた集落が、80年近くを経て、群山の近代遺跡であり写真スポットになったというわけだ。