今の国立5・18民主墓地ができる前、犠牲者たちが最初に埋葬された場所は、近くにある望月洞旧墓域だった。しかし、その埋葬の過程自体が凄惨なものだった。デモを武力で鎮圧した軍部は、犠牲者たちの遺体をゴミ収集車に積んで運び、まともな弔いもないままキムチ用のビニールで無造作に包み、望月洞の墓域にほとんど投げ捨てるように埋めた。国家が市民を殺害し、その死を隠そうとした痕跡が、そのまま残された場所だったのである。
この墓域が、今のように聖域化された姿を整えるまでには、長い年月が必要だった。1993年に金泳三(キム・ヨンサム)政権が発足して初めて、5・18に対する再評価作業が本格化し、光州広域市が中央政府の支援を受けて、新しい墓域の造成に乗り出した。1994年11月に着工し、3年後の1997年5月16日に完成、その年、損なわれていた犠牲者たちの遺骸は、望月洞旧墓域から今の国立5・18民主墓地へと移された。ゴミ収集車とビニールに包まれて隠されていた死が、17年の歳月を経て、ようやく国家が正式に管理する墓域へと移されたのである。参拝館と歴史教育館を合わせて見て回れば、その間にどれほど長い時間が流れたのかを、肌で感じることができるだろう。光州を訪れたなら、観光日程のうちの一箇所は、ここに充ててみる価値がある。