和順炭鉱の歴史は1905年、朴顕慶という韓国人が鉱業権を登録したことに始まる。その後1934年、この鉱業権を買い取った日本人が本格的に炭鉱開発に乗り出し、採掘が本格化した。和順炭鉱は国内で最も早く開かれた近代的な炭鉱であり、国土西南圏で唯一の炭鉱として、和順のみならず全羅南道地域経済全体を支える柱としての役割を果たした。
生産量が頂点に達した1989年には、1600人余りの従業員が一年間で70万5000トンの石炭を採掘した。しかし1980年代末から石炭産業全体が衰退し始め、政府の石炭産業合理化政策に伴って減産が続いた結果、2022年には生産量が6万3000トンにまで落ち込んだ。結局2022年、大韓石炭公社は残る炭鉱をすべて閉山することを決定し、和順鉱業所は2023年4月27日に早期閉山申請書を提出、同年6月30日、118年の歴史に正式に幕を下ろした。国内石炭産業の始まりとともにあった炭鉱の一つが、その産業全体の衰退と歩みを共にしながら、その扉を閉じたのである。